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終戦記念日に思うこと [自分]

今日は72回目の終戦記念日です。

戦争で命を亡くされた方々へのご冥福を心よりお祈りいたします。

私はこの平和が当たり前だと思ってはいけないと強く思います。

今日の命が保証されていることがどんなにありがたいことか感謝しなければなりません。

そうでないと私は自分の人生をより良くしようと思わないからです。

楽な方に流されてしまうからです。

自分がうまくいかないのを人のせいにするのはとても愚かなことですが、当たり前に感謝できない人がそうなります。

企業支援の現場でそういった状況をたくさん見てきました。

そして、誰もが気がつかないうちにそのような状態に陥るということも意識するべきです。

だから終戦記念日において一度気持ちを入れ替えることがとても大切だと考えます。

戦争で命を亡くされた方々に対して私たちができることは「幸せに暮らすこと」以外ありません。

幸せとは『人に愛され、人に褒められ、人に必要とされ、人の役に立つこと』が日々実感できる生き方です。

それは決して楽な生き方ではありません。

そして、人に褒められ、必要とされ、役に立つことは仕事を一生懸命することを通じて実感できます。

そもそも仕事は必ず誰かの役に立っているのです。

仕事は嫌なものではなく、誰かの役に立つものだと逆転の発想で考える事がとても大切だと思います。

その誰かを強く意識して、その人が喜ぶことを我が事で考える事が真の当事者意識だと痛感します。

極論を言えば、その誰かがどのように喜ぶかが見えなければ、その仕事はするべきでないと思います。

さて、誤解を与える表現かもしれませんが、私は仕事をしている自分が大好きです。

なぜなら、私にとって自分の能力・魅力を最大限に発揮する場は仕事しかないからです。

仕事は、人(クライアント)から大変喜ばれる(褒められ、必要とされ、役に立っている)ことが実感できる場です。

最高の自分を見せる場が仕事なんです。

だから自分は幸せです。

しかし、本来の私はぐうたらで怠け者で愚か者です。

だから、このままではいけないと強い危機感を持つのです。

その根本が戦争について考える事なのです。

最後にひとつ。

私は特攻隊員の遺書がまとめられた本を社員さんの研修で使うことがしばしばあります。

私たちが仕事をする上で大切な目的を明確にする上で用いるのです。

人は今の自分がどんなに恵まれているかを痛感しないとより良く変わろうと思わないからです。

特攻隊員は愛する人を守るために自分のたったひとつの命を賭けて散っていきました。

遺書のひとつひとつにはどんな思想も超越する心をうちふるわせる感動があります。

ところが、最近の傾向を見ると、特攻隊員の遺書に感動しない若者が増えているような気がしてなりません。

感性(気付き)が非常に鈍っていると感じられるのです。

その要因は多岐にわたることでしょう。

まず、私は戦争の歴史を教える教育や場がとても少ない気がします。

若者の感性を磨くためにも戦争の歴史を学ぶことは大切だと思います。

これらを若者に教えられないことは、これからの時代を担う若者にとって大変な悲劇であると思います。

そもそも教育とは、社会に出て役に立つ人を育成することが本質のはずです。

その根本は相手に対する気付きです。

気づきの力が弱い社員さんが果たして人(相手)に喜ばれる仕事ができるでしょうか。

仕事は自分中心の考え方だけではうまくいかないのです。

誰もが、人に愛され、褒められ、必要とされ、役に立っていることが実感できる人生を送って欲しいと願っております。

大丈夫でいきましょう!